ウルフ・サーガ

ウルフ・サーガ〈上〉 (福音館文庫 物語)

ウルフ・サーガ〈上〉 (福音館文庫 物語)

ウルフ・サーガ〈下〉 (福音館文庫 物語)

ウルフ・サーガ〈下〉 (福音館文庫 物語)

 シリキたちはささやき風の谷で、この世界にある全ての生命は皆平等であるというという「ワカの掟」を守りながら平和に暮らしていた。しかし、遠い北の地の黒い狼をリーダーとする大集団が現れ、狼のための狼だけの世界を築くと宣言した。北の狼たちは次々に領土を拡げていき、征服された群れの狼たちはワカの掟を捨てるように強要された。風の谷の狼たちは屈服することを拒絶したため、追放される。命の危険にさらされながら、ワカの掟を守るため困難な旅に出るが、シリキは恐ろしい未来がすぐそこに迫っていることを予感する。

 上巻までは展開が気になって楽しく読めたが、下巻からは中だるみ気味で少々退屈になると同時に、全体の仕組みに矛盾を感じ始めながらラストまで読む。物語は中途半端な印象で期待はずれだった。
 はじめのうち、これは人間同士の争いを狼の世界に置き換えているのかなと思っていた。侵略者である北からやってくる狼は「黒」という色が強調され、側近などもいて、軍隊形式に動くので、例えばナチス・ドイツのような存在なのかなと。
 しかし読んでいくと違っていた(もしかしたら作者は途中まではそのつもりだったんじゃないかな)。これは、自然の中での共栄共存の摂理を忘れた人間対自然の闘いの物語なのだ。それなら、わかりやすく人間対狼にすればいいのだろうが、敵対する相手を人間にしてしまうと、この作者の狙った決着が付けられない。狼たちは故郷を奪われ、放浪の挙げ句新天地で幸せに暮らした、というオチではなく、あくまで対抗勢力にうち勝つことによって、平和を取り戻さなければならないのだ。そうするには相手が人間では分が悪いというか、解決しようがない。
 そこで、掟を守る狼に対し、掟を捨てた狼を登場させる。不思議な能力を持っているシリキの夢の中でだけ、自然の摂理に反する狼たちは毛皮を脱ぎ捨て二本足の異形の存在となっている。そういう仕組みにすれば、相手はあくまで狼であり、闘いを挑んで勝つことも可能な相手というわけだ。
 毛皮を脱ぎ捨てた二本足の生き物とは当然人間のことであり、彼らが住む人工の道と構造物の生命感の無さ、自然の破壊、掟を忘れたものたちの死んだような目、蔓延する死病、など、人とその社会への批判が随所に現れる。
 しかし、そこで気になるのが、ワカの掟の中で生きる狼たちの人間くささである。これが、狼の姿を借りた人間同士の争いの物語であるなら違和感をおぼえないだろうが、人間社会対狼(自然)という構図であるなら、この狼たちの人間ぽさはどうしたことか。
 確かに狼としての生活やしぐさは丁寧に描かれているが、思考回路や価値観が人間そのものなのだ。ここまで擬人化されると、人間対狼(自然)という構図に矛盾をおぼえてしまう。それも、人間の悪い面は人間に押しつけ、良い面は狼に割り振るというのは、アンフェアではないか。
 もっとも児童書だから、わかりやすいメッセージと、単純な物語ということで良いのかもしれないが。
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