栄光への飛翔/エリザベス・ムーン

栄光への飛翔 (ハヤカワ文庫SF)

栄光への飛翔 (ハヤカワ文庫SF)

 突然、校長室に呼ばれた士官候補生カイラーラ・ヴァッタはいきなり退学処分を申し渡される。下級生への親切心があだとなり、軍艦の艦長を目指していたカイは茫然自失のまま、士官学校をあとにする。それを知ったカイの父親は、裕福な貿易商ヴァッタ家が経営する航宙会社の貨物船の船長を命じる。与えられた貨物船はおんぼろで、貨物を運んだのちは廃船となる運命だったが、カイはなんとか船を修復して自分のものに出来ないかと考え……。

 著者は話題になった『くらやみの速さはどれくらい』のエリザベス・ムーンであるが、本書は「くらやみ」とは全く違う傾向の、冒険ミリタリーSFであり、あとがきによればこちらの方が元々の作風だとか。
 なんとなく物足りなさはあったものの、楽しく読めた。夢を砕かれ挫折した主人公が、傷心旅行ともいえる気楽な旅に出たものの、生来の気質からトラブルに巻き込まれ、次から次へと困難に直面するが、これまた生来の打たれ強い性格から切り抜けていき、いつの間にか挫折感も薄まり、成長していくという、よくあるパターンの物語である。
 未熟な船長とは言え、ベテランのクルーに囲まれ、自立心旺盛に行動しているようで、実は父や一族の手の上にいる主人公だったが、事件が次から次へ起き、どんどんどつぼにはまっていき、一族の手の届かぬ場所にまで押し流されてしまう展開はなかなかスリリングである。
 物語の中には別れなども用意されているし、裕福な家のお嬢様とはいえ、本人の努力と能力が活かされる場面が多く、時には後ろ盾となる一族の名の力が及ばなくなる事態も発生し、一筋縄ではいかない。
 子離れできない過保護な父や、そんな父に反発し、一人の人間として認めて欲しいが、心のどこかでは父の庇護の下に戻りたい欲求もあり、その間で揺れ動く娘の心情が面白い。
 ただ、どうやら最初からシリーズものとして書かれたものらしく、いくつもの謎が解決されないまま物語が一旦閉じている点はちょっと不満。これだけのボリュームがあるのだから、すっきりさせて欲しい気はする。明らかなミスなどもあり、元々が長い話なのだろうか、まとまりを欠く部分もある。
 最近翻訳された次巻のあらすじを読むと、もっと大きな謎が物語全体を包んでいるようではある。(それにしても次巻のあらすじはネタバレにもほどがあるような。)
 物語自体は楽しく読んだ。が、気になったのは訳。主人公カイを含め女性キャラの「〜だわ」「〜よ」「〜だもの」「〜かしら」という口調。しゃべる時だけでなく、モノローグでもこの調子で違和感を覚える。特にカイの「あたし」という一人称や、「〜してた」「〜してくれてる」というような、い抜き言葉が気になった。蓮っ葉な感じか、逆に舌足らずな子供っぽさが感じられる。やんちゃなお嬢様らしさを演出したのだろうか。軍隊形式の訓練を受け、士官候補生だった人物が、目上の人物に使う言葉としてはおかしいような気がする。
 この言葉遣いの訳が違っていたら、カイという人物の印象がまた変わっていただろう。
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