もつれ

もつれ (創元推理文庫)

もつれ (創元推理文庫)

 母の目がおかしくなり始めた頃、パイロットは統合失調症を発症し、森をさまよい数日後に発見された。20年前に失踪した幼い妹のこと、失踪した日の出来事を思い出していた。あの事件をきっかけに、一家はばらばらになり、そして事態は複雑にもつれあい始めたのだ。パイロットは、妹を殺したのは兄エリックだと知っていた。何故なら、様々な人の目を通して、真実を見透かすことができるからだ。
 パイロットをカウンセリングしているキャサリンは、パイロットの言動に困惑を覚えながら、その中に真実が隠されているのではないかという疑いを持つようになり、調査を始める。

 あとがきでもあるように「奇妙な味」の一言につきる。読み終わっても、ミステリーなのかホラー(もしくはファンタジー)なのか判然としない。主観と客観が曖昧な視点の揺らぎように、読んでいるうち、なんともいえない落ち着かないような、不安な気分にさせられた。
 統合失調症の主人公の一人称で語られるが、主人公のいない場所や時間でも、神の視点を持っているかのごとく一人称のまま進んでいく。それは主人公の妄想なのか空想なのか超常的な力なのか、或いは別の人物の一人称が混じっているのかわからない。他の人物の行動もすべて、様々なものを見透かすことができるという「ぼく」によって語られるので、何が事実なのかわからない。ラスト付近では、主人公と別の人物の視点が入り交じり始めて混乱が深まる。
 奇怪な展開でありながら、ストーリー自体は複雑ではなく、ありがちな内容で、謎の部分や謎解きはむしろ安易ともいえる。このストーリーでこのページ数は冗長に過ぎるような気がするが、退屈せずに読めてしまうのは独特の雰囲気のせいだろう。
 たいした展開もないまま、ずいぶんページを読み進んでいたことに気づくのは、町中で何か奇妙なものを見、追いかけてついていくうちに、知らぬ間に遠くまで来て迷子になってしまった、という感覚に近い。そして、どこかに帰り着きたい気持ちで続きを読んでいく。
 読み終わってみると、登場人物は皆どこかいびつで、魅力があるわけでもなく、これといって面白いストーリーではなかったことに気づくが、読んでいる間は物語の中に入り込んでしまった。 
 特に描写力や独特のイメージの面白さに惹きつけられる。読んでいると、主人公の目を通した奇妙な風景や光景が目に浮かんでくる。視覚的、映像的で、それらは現実的なものではなく幻想的であるにも関わらず、自然に頭の中に思い浮かぶのは、表現力と言語感覚が優れているからだろう。
 不思議な感覚を覚える、確かに「奇妙な味」のある小説だった。
 ただ、あれやそれは結局なんだったのかという、すっきりしないものも残らないでもなく、「奇妙な味」だから、で何でもかんでも済ませていいのだろうか、という疑問がわかないでもない。
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